少し前に書いた「銀鍵のメタトロン」SSの続きを書きました。
よかったら読んでやってくだせい!
銀鍵のメタトロン(β-2)
前: http://fortysix046.blog.shinobi.jp/Entry/2611/
次: http://fortysix046.blog.shinobi.jp/Entry/2632/
表情など微塵も感じさせない無機質な瞳。不自然に均整の取れた四肢と、それを覆う、西洋の古い甲冑を思わせる曲線的な白い甲殻。羽根など一本も生えていない一対の白い翼。まるで芸術家に意匠化されたかのような光輪はどう見ても天使のそれだが、頭から伸びた二本の角は悪魔を思わせる。人型でありながら、何者が見てもヒトたりえない戯画めいた姿。
すっと大地に降り立った〈異種〉は、緩慢な動作で首を左右に振り、右前方のアキと、左のナツキを交互に見つめた。おもむろに左手を胸の高さに差し出し、「かかってこい」と言わんばかりに人差し指をクイッと曲げてみせた。
その何気ない挑発のジェスチャーに、ナツキは額に青筋を浮かべるよりも先に、唾を飲み込んだ。
〈異種〉には意思が存在する。異形の姿に成り果て、人間性を失い凶暴化したとはいえ、元は人間。表情こそないものの、声や仕草でその意思を表現することはできる。可能だ。
可能だが、そう多いことではない。
〈異種〉となった者の多く……ことに、今ここにいるような一対の翼と、控えめな光輪を背負う下位の〈異種〉は、〈異種〉としての本能のままに、ただ人を殺す。意思の伝達を図れるだけの理性は残っていない。声を用いて会話をする、仕草や素振りで意思を表現をする、などの行動は、中位から上位の〈異種〉のみに許された、人間であったときの名残であるはずだ。
だが、目の前にいる〈異種〉は、控えめな低位の姿でありながら、挑発をしてみせるという、意思の片鱗を見せた。
その事実が、ナツキを戦慄させた。
ナツキは、齢17と対異種部隊内では若冠ながら、年長者に並ぶほどの、大量の〈異種〉を狩ってきた。その中には、上位とはいかないまでも、人間性の残滓を見せる中位の〈異種〉も少なからずいた。〈異種〉と会話をしたことも、多くはないが、ある。
だが、こんなケースは初めてだった。
得体の知れない者と対峙する恐怖。本能が「逃げろ」とさかんに警鐘を鳴らしていた。
不安に泳ぐ目で、ふと、先程まで敵――対戦相手だったアキを見ると、自分と対峙していた時と寸分違わぬ姿勢、変わらぬ表情で、ただ〈異種〉を睨んでいた。
ナツキとて、恐怖心をそのまま表情に出してしまうほど素直ではない。が、それでも内心ではこうだ。この心は、魂は、すっかり恐怖にすくんでしまっている。この〈異種〉は危ない。得体が知れない。勝てる気がしない。
アキはどうなのだろう。自分と同じに戦慄しているのだろうか。
わからない。
だが、あくまで想像の域を出ないが。
奴は……彼は、至って平常心でいる気がする。悔しいが、彼の心はどんな時も岩のように動じない。かつての認定実戦試験の時も、ナツキが緊張や怯えから小さなミスを連発している中、彼は表情一つ変えず、淡々と着実に試験……いや、任務をこなしていった。
今回もそうなのだろう。
今も、愛剣〈レフカダ〉を握る手には余計な力が入っていないように見える。
対して自分は情けないものだ。〈小夜時雨〉を握る手は、ほとんど見えない程度ではあるが、小刻みに震えている。稀代の才媛だの女帝だの持て囃されたところで、お前は多少運動神経が良い程度の、ただの17歳の少女に過ぎないのだ……と、劣等感が冷たく頭をもたげた。
いつもこうだ。怖くてたまらないのだ。
〈異種〉が。
手に握る、殺すための武器が。
それでも闘争に身を捧げる自身が。
数え切れないほどの恐怖が不安が焦燥が絶望が嫌悪が劣等感が、ナツキを嘲笑い、膝を笑わせた。今も、今までも。
だがそれでも、いつの間にか両手では抱えきれないほどに増えていた多くの守りたいものが、この震える脚を支えてくれていた。今、自分の遠く後方に控えているのは、まさにそうした者たちだ。
「……」
手袋の口を噛んで引っ張り、きつく引き締める。〈小夜時雨〉を握る指に力が籠った。 それから静かに振り返り、カイリやエイジをはじめとした候補生たちを見つめた。彼らもまた、ナツキを見つめていた。
ナツキは、口角をわずかに上げ、〈異種〉に向き直る……その前に、少し離れた地点にいるアキを見た。彼は依然微動だにしないまま〈異種〉を睨んでいた。だが、ナツキの視線に気づくと、彼は顔を〈異種〉に向けたまま、視線だけをナツキに向け、すぐに戻した。
……大丈夫。ナツキの意思は伝わったはずだ。遺憾だが、今は彼が最も心強い、そして唯一の味方だ。これから二人で一気に仕掛ける。大丈夫、行ける。……はずだ。
グッと〈小夜時雨〉を腰溜めに構えたところで、沈黙を保ち続けていたアキが口を開いた。
「どうした時雨ナツキ。怖じ気づいたのか? おまえが出ないなら俺から行くが」
その一言は、ナツキをひどく失望させ、同時に激昂させるには充分すぎるものだった。
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すっと大地に降り立った〈異種〉は、緩慢な動作で首を左右に振り、右前方のアキと、左のナツキを交互に見つめた。おもむろに左手を胸の高さに差し出し、「かかってこい」と言わんばかりに人差し指をクイッと曲げてみせた。
その何気ない挑発のジェスチャーに、ナツキは額に青筋を浮かべるよりも先に、唾を飲み込んだ。
〈異種〉には意思が存在する。異形の姿に成り果て、人間性を失い凶暴化したとはいえ、元は人間。表情こそないものの、声や仕草でその意思を表現することはできる。可能だ。
可能だが、そう多いことではない。
〈異種〉となった者の多く……ことに、今ここにいるような一対の翼と、控えめな光輪を背負う下位の〈異種〉は、〈異種〉としての本能のままに、ただ人を殺す。意思の伝達を図れるだけの理性は残っていない。声を用いて会話をする、仕草や素振りで意思を表現をする、などの行動は、中位から上位の〈異種〉のみに許された、人間であったときの名残であるはずだ。
だが、目の前にいる〈異種〉は、控えめな低位の姿でありながら、挑発をしてみせるという、意思の片鱗を見せた。
その事実が、ナツキを戦慄させた。
ナツキは、齢17と対異種部隊内では若冠ながら、年長者に並ぶほどの、大量の〈異種〉を狩ってきた。その中には、上位とはいかないまでも、人間性の残滓を見せる中位の〈異種〉も少なからずいた。〈異種〉と会話をしたことも、多くはないが、ある。
だが、こんなケースは初めてだった。
得体の知れない者と対峙する恐怖。本能が「逃げろ」とさかんに警鐘を鳴らしていた。
不安に泳ぐ目で、ふと、先程まで敵――対戦相手だったアキを見ると、自分と対峙していた時と寸分違わぬ姿勢、変わらぬ表情で、ただ〈異種〉を睨んでいた。
ナツキとて、恐怖心をそのまま表情に出してしまうほど素直ではない。が、それでも内心ではこうだ。この心は、魂は、すっかり恐怖にすくんでしまっている。この〈異種〉は危ない。得体が知れない。勝てる気がしない。
アキはどうなのだろう。自分と同じに戦慄しているのだろうか。
わからない。
だが、あくまで想像の域を出ないが。
奴は……彼は、至って平常心でいる気がする。悔しいが、彼の心はどんな時も岩のように動じない。かつての認定実戦試験の時も、ナツキが緊張や怯えから小さなミスを連発している中、彼は表情一つ変えず、淡々と着実に試験……いや、任務をこなしていった。
今回もそうなのだろう。
今も、愛剣〈レフカダ〉を握る手には余計な力が入っていないように見える。
対して自分は情けないものだ。〈小夜時雨〉を握る手は、ほとんど見えない程度ではあるが、小刻みに震えている。稀代の才媛だの女帝だの持て囃されたところで、お前は多少運動神経が良い程度の、ただの17歳の少女に過ぎないのだ……と、劣等感が冷たく頭をもたげた。
いつもこうだ。怖くてたまらないのだ。
〈異種〉が。
手に握る、殺すための武器が。
それでも闘争に身を捧げる自身が。
数え切れないほどの恐怖が不安が焦燥が絶望が嫌悪が劣等感が、ナツキを嘲笑い、膝を笑わせた。今も、今までも。
だがそれでも、いつの間にか両手では抱えきれないほどに増えていた多くの守りたいものが、この震える脚を支えてくれていた。今、自分の遠く後方に控えているのは、まさにそうした者たちだ。
「……」
手袋の口を噛んで引っ張り、きつく引き締める。〈小夜時雨〉を握る指に力が籠った。 それから静かに振り返り、カイリやエイジをはじめとした候補生たちを見つめた。彼らもまた、ナツキを見つめていた。
ナツキは、口角をわずかに上げ、〈異種〉に向き直る……その前に、少し離れた地点にいるアキを見た。彼は依然微動だにしないまま〈異種〉を睨んでいた。だが、ナツキの視線に気づくと、彼は顔を〈異種〉に向けたまま、視線だけをナツキに向け、すぐに戻した。
……大丈夫。ナツキの意思は伝わったはずだ。遺憾だが、今は彼が最も心強い、そして唯一の味方だ。これから二人で一気に仕掛ける。大丈夫、行ける。……はずだ。
グッと〈小夜時雨〉を腰溜めに構えたところで、沈黙を保ち続けていたアキが口を開いた。
「どうした時雨ナツキ。怖じ気づいたのか? おまえが出ないなら俺から行くが」
その一言は、ナツキをひどく失望させ、同時に激昂させるには充分すぎるものだった。
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