久しぶりに短編です。
といっても、以前書いたこれの後日談。
……でもあり、そのあとに書いたこれの前日談(同じ日だけど)でもあります。

『後日談・殻をつくりたくなかった』

登校時間の５分前。
遅刻もなく、しかし早すぎず。
いつも通りの余裕の時間に登校したアキは、カバンを机の横に、脱いだ上着を椅子の背もたれにかけた。

「おはようっ」
誰しもが憂鬱な連休明けにも関わらず、元気一杯、喜色満面、明朗快活、食欲旺盛といった色をふりまく女子が、キレのいい挨拶とともにアキの席に寄ってきた。
カイリだ。

「土産なら届いてないぞ」
アキは彼女の顔を見るや瞬時に冷たく言い放った。
「えっ、ホント!? ちゃんとナッちゃんに住所書いてもらったのにぃ！」
信じられないとでもいった顔で驚くカイリ。狙っているのではなくこれが素だ。
「そいつの口車に毎度毎度乗っかってあげるなんて、カイリは本当に優しいよね」
褒めているのか貶しているのか微妙なセリフを吐きながらナツキもやってきた。
それを振り返って「えへへへ」とか言っている子供同然は、無視することにする。

「今日のメガネは緑なのか」
突然気づいたアキはナツキの顔――というよりはメガネだが――を見ながら呟いた。
「何か文句でも？」
「べつにないな」
そっぽを向いたアキの後頭部を、メガネがまとう憤怒の炎の熱気が刺す。
普通の女の子なら少しは喜びそうな台詞でこれだから分からない。

どうせすぐにホームルームで中断されることだし、たまには応戦してやる。
火炎の眼力に負けじと氷の眼差しで睨み返す。が、一向にひるむ気配はない。
鍔迫り合いは拮抗した。チャイムに仲裁されるまでの長期戦にもつれ込むかに思われたが、沈黙は存外早く破られた。

「あっ、発見」
カイリがぽつり、呟いた。
発見って何をだ。あ。

カイリは、アキのカバンの外蓋を開けていた。
外蓋を開けて初めて覗くジッパーに、控え目にフクロウのストラップが引っかけられている。

「ほう」
ナツキが意味深な表情でこちらをじっと見ているが気付かなかったふりをする。

「貰い物は、なくすまではとりあえず使ってやることにしている」
「そっか。よかった」
笑ったカイリが外蓋を閉じた。
その笑顔に、ナツキがとろけていた。
男、ことアキに対すると到底理解が及ばない(ある種わかりやすいとも言える)のに、愛らしい女の子を相手にしたときのわかりやすさは尋常ではない。

ふと、引き戸が開き、担任が姿を現した。

「あ、先生来ちゃった。じゃねっ」
それを見たカイリが去っていく。

おい、カバンを開けたら留め具までしっかり閉めろよ、と声には出さず、自分で閉めた。

「おはよう諸君。連休はどうだったね」
教壇に上がった教師はやけに通る声で教室に語りかけ、「別にー」や「チョー楽しかった！」や「先生、今日学級閉鎖じゃねぇこれ？」などの声に頷きながら、開いた出席簿を教卓に置いた。

「出席……の前に、誰か汐見のこと知らないかい？最近欠席続きで、先生ちょっと心配です」
教師は冗談めかして言うが、果たしてこんなおっさんに心配されて喜ぶ男子生徒がどこにいるのか。多分いない。

くだらなさに泳いだ視線の先で、カイリが早速居眠りを始めていた。
お前はまだ今朝起きてから１時間と経ってないだろうに。まったく呑気なものだ。

ぼーっと窓の外を見つめてみた。
遅刻した生徒が疾走して校門を抜けた。かと思えば、開き直って悠然と歩いてくる者もいた。

すでに９月も半ばだが、外はまだ暑い。
今日も例外なく暑いが、それ以上に嫌悪感を抱くほどの湿度が煩わしかった。

「――おい、高城」
教師の声が突然意識の中に紛れ込んだ。
そうだ、出席。
「あぁ、はい、います」
何度呼んだと思っているんだ、と教室が笑った。
それとは別の方向に教師が笑った。
苦笑だ。何だろう、すこし気持ち悪い。

「お前は後で罰をつかわす」
「マジですか……」
「冗談だよ。頼みがあるから、快く承諾してくれると先生は嬉しい」

どういうわけか、普段は何もかもうまくやっているはずなのに、面倒ごとは昔から回避できない。
おかげであんなひどい目に遭うことになるなんて、この時のアキには到底知る由もなかった。

＊

書いたの自体は10月のおわりくらいだけど、公開するタイミングを逃してしまい、ずっと下書き保存になってました笑。
『ノルウェイの森』で小説熱が上がったため、加筆修正して公開と相成ったわけであります。
ちなみに、テーマありで書いたものがひとつ、テーマなしで書いた過去話がひとつ、まだ残ってます。
そのへんは機会をみつけて、また。